大学進学報告(詳細)

今年も大学入試では色々な人間ドラマがありました。毎年恒例の塾長による独断と偏見のレポートをしてみたいと思います。

白百合女子大に進学したTさんは、横浜から姉妹で通いお母様に車で送迎されて、小学4年生から9年間も通ってくれた生徒さんです。非常に賢い子なのですが、好奇心旺盛すぎてあらゆるものに首を突っ込むの性格の生徒さんです。勉強は嫌いではないのですが、生活のほんの一部しか占めていない感じでした。それでも高校は市立金沢高校(偏差値62)に合格したので、高校入学後は頑張ってくれるのかと思いきや、中学から続けていた吹奏楽部にはまってしまい、さらに早々と部長まで引き受けたおかげで勉強が疎かになってしまいました。高校の勉強量は中学の9倍あると言われているので、高3になって慌てても中3の受験のようには行かないのです。Tさんは難しいことを考えることは好きですが、単純な暗記が苦手で難関大学の受験には向いていませんでした。結局一番興味のある心理学を選び、その中でも興味のある3大学のみ受験して、白百合大学に見事合格いたしました。自分のやりたいことが見つかれば、きっと大きく羽ばたく生徒だと思います。人間とは肉体と精神の複合体。肉体はドクター、精神はカウンセラーと分けられてきましたが、複合体として人間を見る見方が必要となるでしょう。その先駆者となる様に頑張ってくださいね。

明治大学に合格したOさんは、中3の途中から友人の紹介で通い始め、偏差値53の中堅高校に合格したところで退会した生徒さんでした。しかし高3になってまた原塾に戻ってきてくれました。Oさんは、勉強も頑張りいつしか優等生になっていました。なんと成績は4と5ばかり。評定平均は4.3あったので指定校推薦で明治大学に進学することができました。3年の夏に校内選考で競合の生徒を退け見事勝ち取ったのですが、大学の面接試験時に大きなポカミスをしてしまい、もう落ちたと思っていたのですが、何と奇跡的に合格してしまいました。何が奇跡を起こさせたのでしょうか。それはOさんの実直で誠実な性格と、何としても明治大に入って建築家になりたいという情熱が引き起こしたのだと信じています。ガウディや隈研吾さんのような建築家を目指して頑張ってほしいですね。

東京農業大学に合格したSさんは、高校1年の夏から通い始めました。非常にまじめに取り組む生徒でしたが、学校の勉強では歯車がかみ合わずに実力はほとんどついていませんでした。勉強方法が良く分からずにただ覚えようとしてきた経緯があったからでしょう。原塾では英語を最後までやっていたが、最初は偏差値40であったが高3の秋には偏差値63にまで伸びていた。他の教科も同じように伸びてくれればMARCHレベルまで行けたのだが、自分で勉強する国語が53と世界史が58まで伸びたところで時間切れとなってしまいました。東農大と言っても食料環境経済学科なので、Sさんが学びたかった経済学を学べると嬉しそうに語ってくれました。これからの世の中は「まさかの時代」だそうです。「まさかそんなことがあるはずがない」ということが起こる時代という事です。これからの日本には食料安全は重要な分野であると思うので、本当に頑張って日本を救ってほしいと思います。頑張れSさん。

関東学院大学に合格したKさんは、と一緒に高校受験までの1年半ほど通っていましたが、中堅高校(偏差値52)に合格したあと原塾を退会しました。部活動が厳しくなることと原塾迄遠いということで断念した生徒さんでした。しかし高2の冬に大学受験の対策をしたいということで、わき目も振らず戻ってきてくれました。当初は保育士か看護師か迷っていたのですが、幼いころから看護師に憧れていたので初志貫徹という事にしました。Kさんは内申点が高いのでAO入試(総合型選抜)で行きたいと言い出したのが、高3の6月になってからでした。確かに本番に弱い生徒さんなのでAOで決まればそれが一番いいと判断しました。しかし試験が10月なので、失敗したときのことも考えて一般受験もできるように勉強も続けたのです。医療系小論文が得意な先生に徹底的に指導してもらい、面接練習も担当と原の2系統で取り組んだところ、入学定員が5名という狭き門でしたが見事合格してくれました。これも奇跡なのだろうか?奇跡の合格をしたということは、自分の果たすべき使命が大きいという事。多くの患者さんを癒すために頑張ってほしいですね。

東京都市大学に特待生として合格したIさんは、が3年間通い高校合格でやめた後に、高1の夏前から英語と数学で通い始めました。高校3年間は部活至上主義の生徒で、勉強は2の次3の次という感じでした。エンジンがかかってきたのは部活を辞めた高3の夏以降でした。大学受験は時間切れの状況だったので、思ったところに行けず浪人することにしたようでした。受験勉強か部活かの天秤で部活を選んだ結果とはいえ胸が痛みました。その後は基礎力が付いていたので予備校にも通わず自分で勉強をしていたそうです。そんな状況で10月に入って突然再入会したいと言ってきました。時間がないなと思いながらも、3か月半ほど最後の追い込みに原塾を選んでくれたことは、とてもありがたいことだと感じました。理系の講師は凄いプロが多くいるので、数学と物理・化学の質問対応を中心に勉強をした結果、見事特待生として合格してくれました。Iさんは、周りの人から好かれる性格なので、理工学部で生かした技術を社会に生かしてくれたら良いですね。

昭和大学に合格したKさんは、横浜に住む幼馴染の紹介で高1の秋ごろから英語と数学で通い始めました。Kさんも横浜に住んでいるのですが高校が原塾の近くなので来てくれました。とても感謝です。Kさんもご多分に漏れず部活命の生徒さんでしたが、高3の5月に部活を引退してからが本格的な勉強となりました。英語・数学・国語を教わり、後半は第一志望校のために小論文を勉強しました。看護師になるのが小4からの夢でしたので、夢に向かって頑張った結果、第1回看護医療全国模試での偏差値53から始まり、第4回看護医療全国模試では偏差値62にまで上がり、見事昭和大学の看護学科に入学しました。めでたしめでたし。Kさんは、自分の夢を追いかけるスタート地点に立ちました。これからの勉強は自ら求め自ら獲得するもの。多くの患者さんを救える人間になるために頑張ってね。

明治学院大学に合格したNさんは、高3直前から11か月間英語と国語で通った生徒さんです。高校の偏差値は50台後半のなので、まあまあ力はあった方ですが、高校ではあまり力が入らず中位程度の成績でした。周りもできる生徒が集まっている中で上位を取るのはコツがいるので仕方ないかな。5月に受けた模擬テストの偏差値は、英語41、国語31、政経53という状況でした。当然のことながら明治学院大はE判定でした。あと8か月で合格レベルまで実力養成をすることに。原塾では英語は英文法、読解、過去問を中心に勉強し、国語は古文、漢文、現代文の3科目勉強しました。古文漢文はMARCHレベルの過去問では70%程度、現代文は50%程度正答できるようになった。英語は単語力、熟語力が足を引っ張り長文読解が50%程度でした。それでも最後まで粘って頑張って、見事明治学院大の社会福祉学科に合格してくれました。しっかり勉強して、将来の日本のために頑張ってほしいです。

日本女子大学に合格したYさんは、友人の紹介で高3の5月から8か月半英語と国語で通った生徒さんです。友人と同じ吹奏楽部で8月まで頑張ったので正味5か月間が受験勉強となりました。とてもまじめな生徒さんで、将来の夢は国語の先生だそうです。日本の学校はもちろん日本語学校の先生も考えていて、国際交流の一助として日本と外国の懸け橋になる仕事にもチャレンジしたいそうです。夏に受けた模擬試験では偏差値46ですべての志望校判定がE判定でした。しかし猛勉強をしたのでしょう、11月には偏差値56まで上がり志望校判定もC判定まで来ました。あと2か月頑張れば志望校合格はほぼ確実であることを伝え、期待通り頑張って見事日本文学科に合格しました。日本の文化や風習も深く学んで体得し、外国の文化風習・宗教などを学び国際平和のために頑張ってほしいですね。

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